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 みなさん、お久しぶりです。足立摂です。

 ぼくたちが三重高校を卒業したのが1969年(昭和44年)で、今年は2010年ですから、あれから41年が経ちました。みなさんの人生の中ではさまざまなドラマがあったことでしょう。

 確か高校の英語の授業でオー・ヘンリーのAfter twenty years(20年後)という短編を学んだ気がします。20年後の再会を約束した男たちが意外な姿でその日をむかえるという、例の話です。ぼくたちはその二倍の40年──。人間や人生を大きく変えるに十分な時間が流れたことになります。

 昨年のお正月、たまたま三重町にいたクラスメイトで簡単な集いを開きました。その時の様子が左の写真です。誰がだれだかわかりますか?(ヒント:額の中の少女はクラスメイトではありません)
 第一印象では誰だか思い出せなかった人も、会って少し話しただけで40年前にタイムスリップします。瞬時になつかしい思い出がよみがえり話がはずみました。

 その時の話の中で、「来年(つまり今年)の8月15日の夕方、クラス会を開こう」ということが決まりました。集まったこのメンバーが当面の世話役です。
 世間では「還暦同窓会」などが大はやりで、専門のイベント会社なども繁盛しているそうです。全員が赤い「ちゃんちゃんこ」を着た記念写真を撮ったりするものですが、そんなのは絶対イヤということになりました。そうですよね。

 それぞれの再会を喜んでお互いを認め合い、そして自分の人生を歩んでいく小さな力になれるような、そんなクラス会にしたいと思います。
 8月15日と決めたのは、この日はお盆で多くの人が実家に帰っているだろうということと、お盆も最終日なので外出しやすいだろうという意見が多かったからです。
 先日、この予定を佐藤富夫先生にもお話ししました。先生は現在も多方面で忙しく活躍しておられます。出席を楽しみにしているとのお言葉でした。トップページに先生の呼びかけ文を掲載しましたので読んでください。

 たまたまぼくがwebサイトの運営管理を仕事にしているため、ホームページでも情報や意見が交換できたら効率がいいだろうということで、このサイトを起ち上げました。サイト名は「35」で、ぼくの会社のサイト内に置きました。
 当面ホームページで考えているのは以下の通りです。

1)連絡用のメールアドレスを 35@e-ada.net にする
2)メールアドレスを持っていない人のためにCGIで連絡フォームを作成する
3)個人情報に触れるページはパスワードで保護する
4)意見の交換ができるよう専用の掲示板を設置する
5)集約された意見はこのホームページで発表し、さらに検討を加えてもらう

 ほかに意見やアイディアのある方は遠慮なく聞かせてください。

 さて、一番上の写真ですが、このホームページをつくるために古いアルバムをめくっていたら出てきました。佐々木純子さんはお子様同伴です。いつ頃のものであるか特定できる方は教えてください。※
 いずれにしてもみんな間違いなく20代ですね。ずいぶんセピア色に退色していたのでフォトショップで色補正をしています。この頃考えていた夢はみなさん実現したでしょうか。
 クラス会でぜひお会いしたいものです。
 火事等にあい、写真が消失した人もいます。インターネット上で写真も公開し、共有できればいいですね。写真をお持ちの方はご連絡ください。

(※註)その後、一番上の写真がいつ撮影されたものか判明しました。昭和50年(1975年)1月に開いた第5回クラス会です。場所は「三国屋」でした。ほとんどの方が24歳です。

 最後に三重高校の現在をお知らせします。三重高校はご存じの方も多いと思いますが2008年3月31日に106年の歴史を閉じました。少し前に開校100年祭が大々的に開かれ、ぼくは趣旨に少し賛同できないところがあったので傍観していました。廃校の話が出た時も、開校100年祭を盛大に開くくらいだから、きっと反対運動が起こるだろうと期待し、その時には賛同して力になろうと決めていました。

 ところが待てど暮らせど何も起こらず、廃校の話はどんどん進んでいきます。これほどの学生が学んでいるのに廃校や統合は許せないと思いました。財政の苦しいのは分かりますが、青少年の育成などと綺麗事をいいながら地元の高等学校を潰すなんて最悪の政策です。教育費を削るのは最後の最後の手段であり、まっ先にこれを削るなんて亡国の思想だと思いました。それで県に抗議したところ地元の了解を取りながらやっているので問題ないとの答えでした。

 業を煮やして今度は三重高校の同窓会事務局に電話しました。すると反対はもちろんしたが、決まってしまったことでもうどうしようもない。今後反対運動をするつもりはないという返事でした。ぼくはせめて「100年祭」をしたくらいの情熱を反対運動に注ぐべきではないかと抗議しましたが、明らかに迷惑そうな態度だったので、それで電話を切りました。

 こうして、三重高校、三重農業高校、緒方工業高校、竹田商業高校が統合し、旧三重農業高校跡地に「三重総合高校」が発足しました。
 三重高校跡地は、その後大分県から豊後大野市が3億6200万円で購入し、それを後藤学園にタダで提供しています。芦刈前市長は「これで年間2億7千万円の経済効果が見込めるから正しい方策だ」と強弁していましたが、今年の選挙で落選しました。どんな計算をしたら2億7千万円の経済効果なのか、ぼくとしてはギャグとしか思えません。三重高校も、三重農業高校も、県立三重病院も、県からいわれるままに潰してきたことの批判が落選の大きな原因であったと地元の大分合同新聞は伝えています。(写真は同窓生が立ち寄ることができなくなった三重高校跡地です)

 それではみなさん。来年2010年8月15日のクラス会でお会いしましょう! 今から予定を入れていてくださいね。それから分かっているところだけを埋めたクラス名簿も公開します。こうした情報は旧3年5組の人間なら誰でも知っていて、それ以外の人は分からないようなパスワードで保護したいと思います。どんなパスワードがいいか、アイディアのある人は提案してください。
 みんなで名簿を完成し、盛大なクラス会にしたいものです。このホームページは順次充実させていきますから、ブックマークを入れてときどきはのぞいてくださいね。
2009年8月13日付記
 8月10日(月)、三重町付近にいる人に声をかけ、ミニ交流会を開きました。佐々木純子さんと首藤由美子さんが会場設定や連絡などをしてくれました。ちょうど帰省していた赤嶺幹雄くん(大阪)、神田好くん、康子さんご夫妻(千葉)も参加した楽しい会になりました。
 神田ご夫妻にお会いしたのは、40年ぶりでしたが、はつらつとして高校時代のままの印象でした。ご夫婦仲がいいのは見ていて気持ちがいいですね。
 左がその時の写真です。一人ひとり近況を話し合いましたが、みなさんとても忙しく、充実した日々を送っているようです。時代に流されず、それぞれに自分らしいライフスタイルを守っていることに、とても共感しました。いい人生をおくっているのだなあと、クラスメイトとして嬉しい気持ちになります。

 上記1月の写真のメンバーと同じ人も、新しい人もいますが、今回のみなさんにも全員、来年のクラス会(8月15日夕)のお世話役になってもらいました。土谷政直くんは、前回クラス会の幹事をしてくれたので、その時点のクラス名簿を持ってきてくれました。このホームページに掲載する名簿は、これがもとになります。

現在お世話役は14名です。他にお世話役になれる人はぜひ申し出てください。

 ミニ交流会のあと、全員で近くのカラオケに行き、11時半頃まで騒ぎました。

※今後の報告事項や感想などは掲示板の方に掲載しますので、そちらをごらんください。



2010年4月24日付記
 今年はいよいよクラス会本番です。8月15日は先生が地域の会合に役員として出席しなければならないので、遠方ではクラス会に行けないと連絡がありました。それで、大分市などの開催候補地が消えました。会場の確保が必要なので、お取引のあるというS純子さんに頼んで、三重町のホテル豊洋を予約してもらいました。
8月15日の妥当性について世話役の方から意見がありましたので、もう一度お世話役のみなさんにはかってみました。やはり、ほとんどの方がこの日がいいということだったので、最終的に決定しました。
 下の写真は今年の4月1日の三重高校の桜です。例年にもましてきれいに感じられました。お会いできるのを楽しみにしています。
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